下忍になった。
カカシと会わなくなって、やっぱりアカデミーでは空元気でみんなの気を引くために馬鹿やったりとかして、そのくせ家では一人になると膝抱えてうずくまったりして全然子どもっぽくて、カカシにあんなこと言った手前、絶対弱音なんか吐かないって思ってた。
慰霊碑の前で三代目火影様に声をかけられて喚いてしまったけど、それ以降、俺は下忍になるためにひたすら意識を集中させてた。
そしてめでたく下忍になって数ヶ月、俺は何故だか戦場にいた。
おっかしいなぁ、下忍っつったらドブさらいとか失せもの探しが本来の仕事内容だよなあ?そこから腕を磨いていって、Cランクをこなしていって初めてBランクに行くわけだけど、俺、まだCランクすらやってないのに、Bランクですかいっ。
上忍師は、まあ、文句はない、文句はないが、ちょっと強引すぎるきらいがあった。あ、やっぱりこれは文句だな、うん。
スリーマンセルの仲間もかなり引いている。っていうかびびってる。部下を実戦慣れさせておきたいって言うのは解るんだけどさ、もう少し部下の成長とか、状況を見て判断してほしいんだよな。
なまじアカデミーに数年在籍していただけあって、一般にはアカデミーではあまり教えられていない戦場での戦略だとか参謀としての見方に多少の知識があるイルカとしては、この状況はちょっとやばいと思っていた。
確かに忍び不足なのは理解できる。動ける忍びはがんがん働けって言うのは解るんだけどさあ。

「よし、これから実地で任務を行う。お前たちはもう忍びだ。忍びの基礎はアカデミーで習ってきているはずだ。やればできる。ではこれからこの一陣の後方にて援護をする。前戦では上忍同士の戦闘があるだろうが、後方まで上忍が来ることはあまりない。後方での俺たちの任務は中忍の残党狩りだ。では行くぞ。」

行くぞって、あーた、ちょっと気軽すぎやしませんか?
でも、確かに任務は任務だ。請け負った任務はちゃんとこなさないとなっ。
上忍師が先頭に立って歩き出す。俺はスリーマンセルの仲間達に平行に並ぶように歩き出した。

「カズト、なーにびびってんだよ。いつかはこんな戦場にだって来なくっちゃならなかったんだし、里にいた時は雑用ばっかの任務には飽き飽きしてたって言ってたじゃねえかよ。」

俺の言葉に、緊張してガチガチだったカズトがわかってるよっ、と息巻いた。

「俺だってなあ、戦場ではいっぱしの忍びとして活躍してやるんだよっ。」

「そうだなあ、でも下忍なんてそんなに活躍できないと思うから、先生の後で戦況を見るくらいでいいと思うぜ。」

「そ、そんなもんなのか?」

「だって俺たち、まだCランクの任務すらしてないんだぜ。先生だって中忍を殺して手柄を上げろ、なーんて言ってないだろ?」

「そういや、そうだな。」

「だからそんなびびんなよっ、いざとなったら俺が助けてやるし〜?」

にやにや笑うとカズトはむっとした。

「お前なんかに助けてもらわなくたって自分のことは自分でできるってんだよっ。」

カズトよりも二歳年上の俺は班の中ではリーダー的な存在だったが、カズトは勝ち気な性格からか、俺をライバル視しているようだ。心根が悪い奴ってわけじゃない。ま、普通は初めての戦場ではびびるもんだろう。

俺は笑みを浮かべると今度は班の中の紅一点であるアカネに声をかけた。
アカネは白い顔を青くさせている。先ほど人の死体を見た辺りから、アカネはちょっとした恐慌状態にあると言ってもいい。
俺はアカネの手を取った。

「アカネ、大丈夫か?」

アカネは俺の手をぎゅっとつかんでくる。その手は汗でじんわりとしている。俺は立ち止まって両手でアカネの手を覆った。

「アカネ、大丈夫だ。俺がきっと守ってやるよ。それにアカネはこの中で一番足が速いだろ?いざとなったら一人で離脱できる。」

だがアカネは首を横に振った。

「イルカたちを置いて逃げるなんてできないっ。」

「うん、そうだね、アカネは優しい。でも、俺たちがピンチになったら、すぐに仲間の元に行って助けを頼めるように走って逃げるんだ。ま、上忍の先生がいて中忍相手にそんな危機的状況もないと思うから、アカネも落ち着いて。それまでずっと手を握っているから。」

俺は片手を放して、利き腕ではない方の手でアカネの手をつないだ。
アカネはぎゅっと握り返してくる。再び歩き出した歩調が少しばかり元気になったようだ。
よし、少しは班の士気が上がったかな。
俺は自分に気合いを入れて、上忍師の背中を見て歩いた。

 

そして、戦況は最悪なことになった。
前戦にいた上忍たちがなぜだか倒れまくっているらしく、後方にいた俺たちの元に上忍が紛れ込んできているらしいのだ。
らしい、と言うのは、まだ俺たちの元に上忍がやってきていないからだ。しかし伝令で気を付けろ、という指示があったので、これはもう戦線離脱した方がいいだろう。下忍の俺たちが戦場で何ができると言うのだ。本当に足手まといなだけなんだから。

「先生、ここは離脱した方が、」

とりあえず意見を出してみた。が、

「いや、大丈夫だ。上忍だとて、みんなでやればさほど大変な相手ではない。敵は倒せる。」

いや、無理だって。いくら上忍ったって下忍連れで対戦したらこちらが不利になるのに決まっている。なんと言ったって戦場慣れしてないんだから。気合いでなんとかなるなら俺だって反対しないけどな、俺たちはここまでで精一杯だっつのっ。

「あの、先生、俺たち下忍なんですよ?もうちょっと下忍に見合った状況判断を下してくださいませんか?」

ちょっと反抗してみたが、その意見は見事に却下された。

「大丈夫だ。さ、休憩をあと10分で済ませて戦場へ戻るぞ。」

だめだ、この上忍師、戦場で気分がハイになってる。困ったなあ、隙を見て逃げるわけにもいかないし。
とりあえず仲間だけは守らないとな。俺は中忍になるんだし、こんな所で死ぬわけにはいかない。
休憩が終わると、俺たちは戦場へと繰り出した。
クナイを握る手が汗ばむ。もしかしたら、敵を殺すのかもしれない。人を殺したことなぞない。でも、時と場合によっては、やらなくてはならない。
カカシは、もうあの時すでに人を殺したことがあるのだろうか。6歳で中忍になったと言っていた。十を数える前には、人の血を見ていたのだろうか。自分の傷つけた、鮮やかな人の血色を。
それからしばらく戦場を進んで、危惧していたことが起こってしまった。
敵の上忍が襲ってきたのだ。もうなにがなんだかわからなかった。初めての敵襲、初めての血しぶき、え?血しぶき?
よくよく見てみると、上忍師が倒れていた。
ええっ、おおーーーーいっ!!やめてくれよもうっ、あんたちょっと馬鹿すぎっ!!
俺はアカネを背にしてカズトに声をかけた。

「カズト、アカネと共に近辺にいる他の班に救援を呼び掛けろっ。俺が足止めする。」

「ばっ、馬鹿かっ、相手は上忍だぞっ。お前、お前一人でどうにかなるわけっ、」

「だから早く助けを呼んで来いっつってんだよっ、だてにアカデミーに長くいたわけじゃあないんだよ。少しくらいなら足止めできる術だってある。さっさと行けっ。」

上忍師は死んでいたわけではなく、怪我しつつも敵と対峙しているが、あまり長くは持つまい。援護しなければ。

「アカネの足はお前よりも速い、だが敵の攻撃を防げるほどの能力はまだない。だからお前が守ってやるんだっ。いいなっ。」

言うと、カズトは真剣な目で頷いた。よし、カズトならできる。俺は信じてる。絶対に仲間を連れて戻ってきてくれる。

「健闘を祈る、イルカ。」

「お前もな、カズト。」

カズトとアカネは跳躍して去っていった。そしてそれを見送ってすぐに、上忍師が倒れた。
あちゃー、やっぱだめじゃんっ。先生、死んではないだろうけど、もう戦闘には戻れないだろうなあ、俺、もしかしなくても、ピンチ、だよなあ...。
冷や汗が額から流れ落ちる。

「お前、運が悪いなあ、まだ下忍だろうに。」

適忍にまで同情されてるよおいっ。
色んな意味で、泣きそうだった。